イスラム圏からヨーロッパへ

コーヒーの歴史

1582年、ドイツの医者ラウヴォルフは著書「シリア旅行記」の中でコーヒーを紹介。
ヨーロッパの知識人の間でコーヒーが知られることになりました。
16世紀後半からヨーロッパに伝来、17世紀後半にはヨーロッパ全土に普及しました。 

ヨーロッパにおけるカフェの誕生

コーヒーは主としてオランダ商人によってもたらされ、
17世紀にはヨーロッパ各国で次々とカフェが誕生しました。


1640年アムステルダム(現オランダ) 
1645年ベネチア(現イタリア
1650年オックスフォード(現イギリス
1652年ロンドン(現イギリス 
1669年パリ(現フランス
1679年ハンブルク(現ドイツ 

に最初のカフェが誕生。
17世紀のヨーロッパは空前のコーヒーブーム。多くのカフェが乱立しました。
そして市民が集う場としてだけではなく、社会的に重要な役割を持つようになっていきました。

ヨーロッパではターヴァンやキャバレといったワインやビールなどのアルコール飲料を飲む居酒屋的な場所が「人々が集う場所」の主流でした。それらが「酩酊」の場であるのに対して、
カフェはそこにコーヒーという「覚醒」を持ち込みました。
17世紀からはじまる、近代市民社会、資本主義経済の発展により、人々は効率的な労働を求められ流ようになりました。覚醒作用を伴うコーヒーはこうした時代の要求に適った飲み物でした。

イギリスにおけるカフェ

1652年ロンドンに初めてのカフェが開業しました。
近代社会がいち早く形成されたイギリスではカフェは「コーヒーハウス」と呼ばれ、次々にカフェが誕生しました。
それからわずか30年足らずでロンドン市内のカフェは3000軒を数えたと言われています。
それぞれのコーヒーハウスでローカルなコミュニティが形成され、
「商品取引」 「株式相場」 「保険、海運」 
「詩、小説」 「絵画、彫刻」 「政治」 などの話し合いや取引の場として機能しました。
1ペニー(コーヒー代金)払えば誰でも参加できるコミュニティーとして市民社会の発展に大きな役割を果たしました。

豆知識
豆知識

「紅茶の国」といわれるイギリスは
17世紀はコーヒーの国でした!

イタリアのカフェ

イタリアはカフェ文化の重要な拠点として知られており、カフェはイタリア社会の一部として深く根付いています。イスラム圏と近いこともありコーヒーの情報が早くから伝わり、より早くカフェが誕生しました。

17世紀末から18世紀初頭にかけて、ヴェネツィアやフィレンツェなどのイタリア都市で最初のカフェが登場しました。
「フローリアン」「クアドロ」「グレコ」など現在でも営業を続けているも残っています。
これらのカフェは知識人、芸術家、政治家などの集まる場所としての役割を果たし、さまざまな人々が交流し、意見交換を行う場となりました。

18世紀には、イタリア各地でカフェが増え、特にローマ、ミラノ、ナポリなどで繁栄しました。この時期には、カフェが文学、哲学、政治などの議論の場として重要な役割を果たし、イタリア文化において大きな影響を持っていました。

19世紀に入ると、カフェはイタリア社会における社交の場として一層重要視され、カフェでのエスプレッソの飲用が広まっていきました。エスプレッソはイタリア式のコーヒーの基盤となり、現代のカフェ文化においても重要な役割を果たしています。

ベネチア カフェ・フローリアン
豆知識
豆知識

イタリアのカフェは、社交、文化、芸術の中心地としての役割を長い歴史を通じて果たしてきました。

フランスのカフェ

17世紀のパリに最初のカフェが登場し、18世紀には広まっていきました。
当初はコーヒーやショコラなどの飲み物を提供する場として始まりましたが、やがて文学、哲学、政治などの議論の場としても重要な役割を果たしました。
イタリア同様、多くの芸術家、作家、知識人が集まる場所として知られるようになり、カフェは知識の交流やアートの発展に貢献しました。

フランス革命の時期において、カフェは社会的な交流や政治的な議論の場として重要な役割を果たしました。18世紀末から19世紀初頭にかけてのフランス革命の時期には、カフェは市民たちが情報を交換し、政治的なアイデアや革命の進行について議論する場所となりました。

特に、カフェ・プロコプ(Café Procope)は革命期において重要な役割を果たしたカフェの一つです。多くの革命家や政治家、思想家たちがここで集まり、自由主義的なアイデアや革命の運動について話し合いました。このカフェはフランス革命時代の文化的な中心地の一つとされています。

また、カフェは新聞や宣伝物が広まる場としても機能し、市民の意識形成や情報収集に一役買いました。フランス革命期におけるカフェは、社会的な変革の進行に影響を与える重要な要素でした。

ウィーンのカフェ

1693年には、ウィーン初のカフェ「ズル・デ・オスマン」が開業され、オスマン帝国のコーヒー文化が導入されました。その後、カフェ・グライツェルなど、多くの歴史的なカフェが次々にオープンしました。

19世紀になると、カフェは文学や哲学のサロンとしても機能し、有名な文化人たちが集まる場所となりました。カフェ・シュトゥベンズトルにはフランツ・カフカやフェリックス・ザトゥマンなどが集まりました。

今日のウィーンのカフェは、その歴史的な雰囲気を残しつつ、観光客や地元の人々にとっても楽しい場所となっています。

ウィーン カフェザッハー

ドイツのカフェ

ドイツ(プロイセン)ではコーヒー禁止令が出されました。
当時植民地を持たなかったプロイセン。輸入によって外国に通貨が流出する事を恐れ、コーヒーの代わりにビールを飲むことを奨励しました。
それでもコーヒーを飲む人は減らなかったため上流階級がコーヒーを独占することによって王室が利益を得る仕組みにしました。

バッハやゲーテなど、多くの文化人がカフェで交流し、創作活動を行いました。バッハは「カフェ・ツィンプフェン」や「カフェ・ツーザール」などで演奏を行い、ゲーテも「カフェ・ヴァイマル」などで友人たちと会話を楽しんだとされています。

特にベルリンは、19世紀から20世紀初頭にかけて文化的な中心地となり、多くのカフェが文学者、芸術家、哲学者などを魅了しました。ベルリンのカフェ「シュテフェラート」は、アルフレート・デビッド・クルト・ヴェストルによって設立され、多くの文学者が集まる場所として知られていました。

20世紀後半には「エドショー」「ヤコブス」「チボー」といった焙煎業者が、カフェチェーンを展開していくようになりました。

ロコ
ロコ

ヨーロッパのカフェ文化はその歴史的な背景や国によって異なる特色を持ちつつ、今日でもヨーロッパ各地で愛されています。

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